のりしろと脚注のはざま

のりしろとのびしろは似てるけどだいぶ違う

詩情至上主義

最近コンスタントに更新出来てませんが元気でおります。
そーいや先日の日記で、私はGRAPEVINEの歌の歌詞を「あらすじ」として十分には聴き取れてなくて、ある意味洋楽みたいな聴き方してるかも、でもそれでいいのかも、・・・・みたいな、よくわかんないことを書いたのですが、なーんか書いた後もモヤモヤして、まー要はそーゆーことなんだけど、もちょっとしっくり来る言い方ないかね?とずっと考えていたりしました。

そうこうしてる時に浜崎貴司氏のブログを読んだのですが、そこには浜ちゃんがキャロル・キングのライブを見に行った時の感想が綴られていたのです。浜ちゃんのブログは「その日しか読めない」ことになってるので転載はもちろんいたしませんが、内容を簡単に紹介すると・・・・、
キャロル・キングの魅力は当然のことながらメロディーのみならず詩にもある、その詩はキャロル・ベイヤー・セイガーだったり元夫のジェリー・ゴフィンが書いたものも多いわけだけれど、キャロル・キングが素晴らしい作詞家と巡り会えているのは彼女の作るメロディーに既に詩情があふれているからで、詩情を持っているメロディーに出会うと本当に淀むことなく言葉が出てくるものなのだ、
・・・・と浜ちゃんは言うわけです。

なるほどねぇ〜。その通りだと思います、浜ちゃんうまいこと言いますね。

詩情を持ったメロディーに、常々魅了されるんですよ、私は(笑)。
そのメロディーに、この上なく美しくはまった言葉の欠片に感動するとですよ!
そういうことなんですよ。