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のりしろと脚注のはざま

のりしろとのびしろは似てるけどだいぶ違う

映画評ではないのですが

映画

相米慎二監督の「風花」をようやくDVDで観ました。2001年公開の、相米監督の遺作ってことになります。相米監督の映画はほぼ全部みていると思うんですが、この作品は何となく見逃していました。何となく手が伸びなかったんですね。

相米監督とは、むかーし、2回飲んだことあるんですよ。1度は地元熊本のとあるイベント後の打ち上げで。運営を手伝っていたので、ちょっと1ファンより近い立場でおしゃべりすることが出来ました。
で、2度目は東京で。仕事で上京する機会があり、その際ディレクターズカンパニーに電話したら、会ってくれることになったのです。ご親切に当時助監督だった榎戸さんが最寄り駅まで迎えに来て下さり、新宿のいい雰囲気の飲み屋さんで会ったのです。私は仕事仲間の友人と一緒。相米監督は脚本家の田中陽造さんとご一緒でした。

今思えば、当時バリバリの人気監督だった相米さん(「台風クラブ」が公開された直後です)が、よくもまぁ1回会っただけの20歳そこそこの田舎娘の「上京してきてるんで会えませんか?」的なぶしつけな申し出を受けてくれたものだと。いえ、まるで色っぽいノリはありませんでした、断じて。

どんな話をしたかは詳細に覚えてませんが、ものすごく楽しかったです。当時私は映画のシナリオライターになりたいなんて、ちょっと思っておりまして、「私は必ず上京しますので、その時は相米組に入れて下さい!」みたいなことを、酔った勢いでグイグイ言ってたと思います。相米さんは笑ってましたが、何とおっしゃったかは覚えてません。まーそれほど本気に取り合ってはいらっしゃらなかったかもしれませんね。

まー結局私は上京もせず、映画のシナリオライターにもなってませんが、地元で映像の仕事をするに至っております。もしも勢いだけで上京して相米組に無理矢理にでも入っていたらどんなだったろう?と思わなくもないですが、「上京したかったのに行けなかった」と悔やむほどの強い意志も実はなく、あれは本当に酒の勢いだけで口走った若気の至りでした。でも相米監督が好きでした。ファンでありすぎて、作品さえ平常心で見られないくらい(どんなんやねん?)。

しかし、まさか相米さんが53歳の若さで亡くなるとは思いませんでしたので、何だか私の中には、日本映画で今後見るはずだったものがずいぶんと見れてないような、ものすごく大きな喪失感があります。
「風花」のDVDにはメイキング映像がついていたんですが、ここに映っている相米監督は、とてもこのインタビューの数ヶ月後に亡くなる人のようには見えなくて、私が会ってからこの時点でも20年くらい経ってるのに本当に変わってない。ひどいよー。何で死ぬかなー(って7年前だけど)。

久々に、なんかいろんなことを思い出し、恥じ入りつつ、あれは幸せな経験だったと改めて思います。本当に本当に、相米慎二という監督は素敵な人でしたよね。