作るものにはどうしたって「人」が出る
今日はバレンタイン企画のオンエアでした。良いスイーツができました。ってね、「スイーツ」って言葉あんまり好きじゃないんだけど、「ケーキ」でも「クッキー」でもないのでスイーツってテロップ表記しとけば何となく収まりがいいという、それだけなんだがね。
同じ理由で「癒される」って言葉も嫌いだけど、最近は伝わりやすい記号としてあえて使いますよ、テロップ表記では。
日常会話では使いませんけどね。
それにしても、
端正で美味しい、それでいて少しも気取ってないスイーツを作るパティシエは、びっくりするくらいスタジオでもトークが上手で察しがいい。
やっぱどの業界でもそうだと思うけど、推し量る、慮る能力の高い人はいい仕事する。
そうじゃない人の仕事は言い訳が多くて、何とは無しに薄っぺらいと感じます。
やっぱ作るものはその人自身だと思います。
作品だけ大好きで人柄は大嫌いなやつ、とか、私の場合思い当たらない。
逆に作品は大嫌いだけど人柄は大好き、っていうのもないような気がする。
それは私の心が狭いから?
でもやっぱ、作品は、その人そのものでしょう。
隠せませんよ。ダダ漏れですよ。
「自分の中の良きところだけ出しとこう」
とか、
「あえて露悪的にいってみよう」
というスタイルはあるでしょう。
そういうのも含めて、その人自身。
あくまでも自分の物差しでしかないけど、面白いと思わない人との関わりはなるだけ少なくしていくよ、もっともっと。
そして面白いことしかしないよ。
面白くないことでもやる意味のあることなら、自分で面白くしていくよ。